ソピアホームの日常を綴っていきます。

※石川繁コレクションも不定期ですが、更新していきます。
 鶏の民芸品や飛行機、SLの写真などをご紹介。
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秋田・山形コレクション
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八橋土人形◆八橋土人形(秋田県秋田市)
ここの土人形は相当古くから作られていたようである。

人形の歴史は江戸後期、天明元年(1781年)に京都伏見の人形師が、この地に移り住み、近くの川尻鍋子山で土人形や日曜雑器を焼いたのが始まりとされている。

その後一時は途絶えてが文政年間(1818〜1830年)箱岡毘沙門天(今の八橋運動公園辺り)の住職が京都の人形師の作った土人形から型を起こし、毘沙門天の祭礼に売り始めて復興させている。
当時、この辺りは今と違って日吉八幡神社や菅原神社があり、参拝者目当ての芝居小屋や茶屋もあり歓楽街であった。
ただ一人の作り手だった土田さんが他界し、その継承が心配されましたが、梅津さんが八橋人形伝承の会を立ち上げ、その仲間たちが頑張っています。



中山人形◆中山人形(秋田県横手市 樋渡 昭太作)
八橋の土人形と共に秋田県を代表する土人形です。
中山人形の由来は、江戸時代後期肥前(現佐賀県)鍋島家お抱えの陶工野田宇吉(鹿児島出身)が津軽から秋田へ転々と旅をして、湯沢の岩崎藩に落ち着いて窯を築き、安政期には湯沢城代佐竹氏の援助で磁器の「松岡焼」を焼いた。

宇吉の没後、息子の嫁ヨシが義父から習った粘土細工を活かし、横手の押し絵や歌舞伎絵を題材に土人形を作り出したのを始めとする。

明治初期(7年)のことであって樋渡昭太さんで4代目になる。昭太さんは平成11年に他界しており、現在は昭太さんの長男徹さんが継いでいる。
中山は当時住んでいた吉田村中村(現平鹿町)の地名からそう呼ばれるようになった。
相撲土鈴は平成5年の新作人形で、1個だけ譲ってもらいました。

※昭和54年の年賀切手は、中山人形のひつじ鈴がモデルでした。



飾り扇子◆飾り扇子(秋田県八峰町 木肌のぬくもり社)
残り少ない天然秋田杉を厳選し、特に高価なその木目部分を主材料にして創り上げた逸品であります。
四季折々の花鳥風月を独自の技法で細かに彫り込み、天然秋田杉の美しい木目をより繊細に生かし切った斬新さは私たちの目を引きつけて離しません。



木香◆木彫十二支(秋田県秋田市 木香)
ヒバ材を利用した木彫りの十二支です。



八橋多五郎人形◆八橋田五郎人形(秋田県秋田市 児玉清美作)
児玉清美さんが作る「八橋田五郎人形」は、ほんわかとした柔らかな表情と淡い色合いが特徴です。

児玉さんは、仏像や仏壇、仏具などの木彫りを生業とする佛師であり、八橋田五郎人形の創始者。

八橋に構える木と土の工房「児玉巧作所」では木彫りの仕事の他に、夫婦ふたりで土人形作りをしています。




木彫り◆木彫り(秋田県鹿角市)
素朴ではありますが、心を奪われました。


-------------------------------山形コレクション-------------------------------------------------

山形◆相良人形(山形県米沢市 相良 隆)
藩主親衛隊相良清左衛門厚忠(上杉鷹山公時代1761〜1822)に藩財政立て直しの一環として藩命により陶器製造習得のため相馬に行き、安永7年に帰って成島に陶器窯を築いた。(後に成島焼きと呼ばれる)
清左衛門は若いときから文武両道はもとより諸芸に通じ、特に彫刻を良くし、その特技を土人形作りに用いた。
その形態の着意着想が卓越しており、素朴さの中に優雅と気品を持ち合わせています。
代々伝承されてきましたが、昭和18年に6代目で廃絶し、その後の空白を経て昭和42年に7代目相良隆さんが再興しています。
その手法は、古法を守り、着色模様に新工夫を加味し、歴代相良人形に勝るとも劣らない作品を再現しています。


◆笹野一刀彫り(山形県米沢市)
この笹野彫りは江戸時代に上杉鷹山が領内の産業奨励として、農民たちの副業に作らせたのが始まりとせれている郷土玩具です。
素材は、うこぎ科のこしあぶら(土地の人はアブランコと呼んでいる)の木肌の白いものが使用され、サルキリという山刀とチヂレという独特な刃物で削り、簡単な彩色をしたものです。
この削り掛けの技法は、先住民族アイヌの信仰に用いるイナウ技法そのものと言われている。
ともあれ、農耕に節くれ立った農民の手によって千年もの間、この技法が守られ、伝えられ素朴な中に優美な気品と風格を持った民芸品を今日に伝えてきたということは驚嘆のほかない。


2017.03.03 Friday 07:57
世界と日本 鶏の民芸品 comments(0)
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