石川繁コレクション
鶏の民芸品や飛行機、SLの写真などをご紹介。
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ボーイング737


ボーイング737は、世界のベストセラー機として大活躍しているボーイング727の姉妹機として、727の優れた設計をフルに導き、それを発展させて開発された最新鋭の短距離ジェット旅客機です。

日本では全日空路線にだけ飛んでおり、昭和45年6月、第1番機が初めて登場して以来、”ミニミニ・ジャンボ”の愛称で親しまれ、ブルーの高い尾翼もひときわ鮮やかで、乗客の目を引いています。

近距離間を結ぶ日本の国内空路にふさわしいジェット旅客機で、11番機からは高揚力装置などに改良を加え、離着陸滑走路長が短くなった改良型「アドバンスタイプ」が登場し、活躍しています。

【データ】
全長30.48m、全幅28.35m、全高11.28m、客席数115席、乗員数5人、エンジンPratt&Whitney JT8D-9推力6,350kg×2基、最大離陸重量49,400kg、巡航速度850km/h、実用航続距離1,800km、離陸滑走距離1,550〜1,900m、着陸滑走距離1,200〜1,550m


2015.07.14 Tuesday 10:48
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シュド カラベル


バイカウントやコンベア440などの中型輸送機に代わる物として、またジェット機が短距離区間でも採算がとれることを主張して設計された着眼点は褒められてよく、特に発動機ポッドを胴体後部両側に取り付けるという方式を初めて採用した機体として、本機は航空史上にその名を残す傑作機である。

1953年1月に設計開始以来253機がもの受注を受け、今日もなお生産が続けられている。

発動機、油圧、電装などの機能部品にアメリカやイギリスの製品を極力採用し、市場性の拡大を図ったことも成功の一因と考えられる。

最大運用限界マッハ数が0.77であるため、主翼後退角は20度と小さく、1.1A(後に3型に改修)、6Nの各型にはスポイラや推力変向器を付けた6R、これの発動機をエイボンからJT8Dに換装した10Rなどが生まれたが、このままではBAC111やDC-9に対抗できないため、新たに開発されたのがシュペル・カラベルである。

これは始めシュペル10シリーズとして、CJ805-23Cつきの10AとJT8D-1つきの10Bとが計画され、10Aの試験機として3型にCJ805-23Cを付けた7型が1機試作されたが、10Aに発注はなく、結局10Bのみが作られている。

このシュペル・カラベルは主翼前縁が付け根付近で延び、フラップは2重隙間型となったほか、胴体も1m延び、限界マッハ数も0.81に向上、機上補助動力装置も搭載された。

カラベルの最新型は11Rで、これは10Rの胴体を0.7m延ばし、前方左側に貨物扉を設け、発動機をJT8D-7とした貨客型である。

【データ】
全幅34.3m、全長33.0m、全高8.7m、翼面積146.7屐⊆重約30,055kg、ペイロード9,265kg、総重量52,000kg、発動機JT8D-1,6,350kg×2基、燃料容量19,000L、最大運用限界マッハ数0.81、最大巡航速度440kt、航続距離約1,760nm、離陸滑走路長2,090m、着陸滑走路長1,580m、運航乗員/乗客2〜4/80〜104、原型初飛行1955.5.27


2015.06.15 Monday 14:08
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エアバスA300


A300はヨーロッパの国々が共同で開発した短・中距離用の双発ワイドボディ機。

DC-9でジェット旅客機の運航経験を積み、輸送力の拡大を図った東亜国内航空は、A300を9機発注し、1981(昭和56)年3月から主要路線に就航させていた。

双発なので経済性が優れ、座席数は281席。

なお、東亜国内航空の使用機は緑と赤のストライプを入れるのが標準塗装だが、A300だけは紺、赤、橙、黄の4色ストライプとされていた。

これはデモ用機が施した派手な塗装が気に入って、そのまま自社機に流用した物です。


2015.05.12 Tuesday 14:24
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マクダネルダグラス DC-9




DC-9は1965年に1号機が初飛行(B-727は1962年11月に1号機が完成)し、堅実でバランスのとれた特性が人気を集め、さらに、次々と胴体を延長した型を生み出して旅客増加に対応したので、このクラスのベストセラーとなった双発旅客機です。

東亜国内航空は1973年6月DC-9を一挙に14機発注した。
東亜国内航空が採用したのは当初の型より胴体を6.48m延長128席とした-40型でローカル線のジェット化を進めました。

東亜国内航空はその後日本エアシステム(JAS)となり、さらに日航との経営統合後を含め、約17年間地方路線を中心に運行した。

JASが1996年に導入した際には、映画監督の故黒澤明さんが虹を題材にデザインした7種類の塗装で話題を呼んだ。

2002年に日航と経営統合した後はイメージ統一のため全16機が白地に赤の塗装になっていた。

【データ】
全幅28.5m、全長36.4m、全高8.4m、翼面積93.0屐⊆重24,730kg、ペイロード約11,000kg、総重量44,500kg、発動機JT8D-7、6,350kg×2基、燃料容量14,000L、運用限界マッハ数0.84、最大巡航速度490kt/7,620m、航続距離1,280nm、離陸滑走路長2,080m、着陸滑走路長1,500m、乗員/乗客2/80〜115、原型初飛行1965.2.23


2015.04.08 Wednesday 14:47
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ボーイング727

ボーイング社が短距離線用機を開発しはじめたのは1956年2月だった。

ボーイングでは短距離線用機材の具備すべき条件として、運航費を安くすること、そのためには胴体を大きくし、搭載能力を増やすこと、低高度(5,000m〜6,000m)を高速で巡航できること、それでいて短距離離着陸性能を発揮するため離着陸速度が十分に低く、気象条件が悪くとも容易に離着陸ができること、機内外の騒音の少ないこと、離着陸頻度が707級の機体の3倍に達すると考えられることから機体の疲労度の大なること、などを挙げて1,600人の技術者による研究が行われ、4,500種の風洞実験と320億円におよぶ費用をかけて、727型機の基本形の開発にあたった。

1959年6月、727型機の具体的な企画に着手した頃は、今日の機体に比べ、一回り小型のものであった。

その後、アメリカの大手航空会社の意向をくんで機体は大型化し、結局、最大乗客数119人の大型3発中・短距離機として生産することを1960年10月に決めた。

発表と同時にイースタンとユナイテッドの両航空会社から40機ずつの注文を受けた。

当時本機と同じ目的で試作が進んでいたイギリスのホーカーシドレー社のトライデントという2つの形態であったため、若干新鮮味に欠ける感があった。

両機とも目指すところは同じであり、従って形が似てしまったのも当然のこととはいいながら、トライデントの方が早くから発表していただけに、727の方が真似たような印象を与えた。

しかしながら、販売競争では断然の強みを見せ、瞬くうちに5社から127機の注文をとった。

開発にあたっては、707/720との部品の共通化を図り、胴体は機首を含めて床面から上は707/720と全く同じとしたため、この級の輸送機としては非常に太く、客席は6列配置にすることができる。

積極的なパーツの共通化により、スペアパーツ3,088品目中、約30%にあたる895点が720と共通である。

主翼はクルーガー・フラップスラットで覆われた前縁、すだれのように下がるトリプル・スロテッド・フラップのついた後縁、方翼7枚ずつのスポイラとまことに賑やかで、これにより35度という後退翼を持ちながら、重量の割には必要とする滑走路の長さが短くて済んでいる。

1号機は1962年11月27日に完成し、翌63年2月9日に初飛行した。

その後4機の飛行試験用の機体が作られ、耐空証明取得のための1,100時間に及ぶ飛行実験が行われ、1963年12月24日にFAAの耐空証明を取得した。

これに先立つ2ヶ月前の10月には仮型式証明を取得して航空会社の乗員訓練に使われていた。

最初の引き渡しは、同年10月29日にユナイテッド航空に対して行われ、続いてイースタン航空への引き渡しも始められた。

初就航は1964年2月1日にイースタン航空で、5日遅れてユナイテッド航空で行われた。

【データ】
全幅32.9m、全長46.7m、全高10.4m、翼面積157.9屐運用自重42,500kg、ペイロード19,180kg、総重量76,650kg、発動機JT8D-7:6,350kg×3基、燃料容量27,170L、最大巡航速度520kt/高度5,500m、航続距離900nm、離陸滑走距離2,640m、着陸滑走距離1,542m、運航乗員/乗客3〜4/163人、初飛行1967.7.27

オーバーホール中の727


  オーバーホール中の727の前での私



727の操縦席にて








2015.03.03 Tuesday 09:26
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BAC VC10


原型VC10は1957年5月に、ボーイング707、DC-8に対抗する大型ジェット旅客機として計画が発表され、翌年1月にBOACの注文を受けて開発がはじめられたが、その設計目標はBOACのアフリカ線に適合するように高温、高地の空港での離着陸性能の向上、客室内の騒音低下などを主眼としていた。

しかし開発が非常に遅れたため受注数が伸びず、また初飛行後も抵抗増加に悩まされたりしたが、やっと1964年4月29日にBOACの南アフリカ線に就航した。

就航はこのように遅れはしたが、設計目標は十分果たされ、アフリカ線で最も経済的な大型機と言われていた。

改良型スーパーV10は胴体を伸ばし、発動機を強化し、後続性能を向上させたもので、1964年に初飛行し、1965年4月にはBOACの北大西洋線に就航し、同路線で最も人気のある機体と言われていた。

【データ】
全幅44.6m、全長52.3m、全高12.0m、翼面積272.4屐運用自重約70,100kg、ペイロード約26,200kg、総重量151,950kg、発動機Rco43,10、250kg×4基、燃料容量88,030L、最大運用限界マッハ0.86、最大巡航速度494kt/10,360m、航続距離3,100nm、離陸滑走路長2,813m、着陸滑走路長1,970m、乗員/乗客4〜5/最大180、原型初飛行1962.6.29


2015.02.07 Saturday 09:43
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ボーイング707/720


ボーイング707シリーズの原型機は367-80と呼ばれる、全幅39.6m、全長37.2m、総重量72,520kgの比較的小型の機体であった。

アメリカ空軍ではこれをKC-135空中給油機として採用し、計732機が作られた。

1955年7月13日になって、ボーイングは空軍からこれを民間輸送機として開発する許可を得、その結果生まれたのが707である。

民間型707の一番手は707-120シリーズで、原型機よりも胴体が5.1m長くかつ0.4m太くなり、最大座席数181で総重量も116,600kgと60%も増し、エンジンはP&W.JT3C-6(推力6,120kg)ターボジェットとした大陸横断または中距離国際線用の機体である。

パンアメリカン航空その他から29機を受注し、1957年12月20日に初飛行、翌年9月23日に耐空証明を取り、10月26日にパンアメリカン航空に就航した。

次いで、初の長距離国際線型-320シリーズが開発された。

この一番機は707の生産16号機目に当たり、1959年1月11日に初飛行した。

主翼は翼幅が-120より3.6m延びて43.4mとなり、胴体も2.4m延びて最大座席数は189となった。

エンジンはP&W.JT4A-3,-5,-9,-11(推力7,170kg〜7,950kg)のいずれかが装備され、総重量は141,520kgとなった。

【データ】
全幅44.4m、全長46.6m、全高12.9m、翼面積279.6屐⊆重63,000kg、ペイロード23,400kg、総重量148,300kg、発動機P&W.JT-3B,8,160kg×4基、燃料容量90,300L、最大運用限界マッハ0.9、最大巡航速度525kt/高度7,600m、航続距離3,400m/予備燃料なし、離陸滑走路長3,160m、着陸滑走路長1,500m、運航乗員4〜5/乗客147〜189、原型初飛行1957.12.20


2015.01.13 Tuesday 09:04
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DC-8




大型ジェット旅客機界をボーイング707と二分していたダグラスDC-8は、輸送機の王者ダグラス社最初のジェット輸送機です。

DC-8は、707の後から完成されたために、とにかく707の模倣のように言われたが、エンジン装備法を除いては707と全く異なった思想で設計された。

とくに空力構造では707より進歩しており、主翼後退角効果を増し、安定性を増す翼付け根部の逆キャンバ翼型はその後の大型ジェット機では常識となった。


2014.12.05 Friday 10:38
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マクダネル・ダグラス DC-6 / DC-7
■マクダネル・ダグラスDC-6

ダグラス社の戦後最初の民間輸送機として生まれたDC-6は、DC-4の胴体を約2.2m伸ばし、エンジンを強化し、与圧客室とした近代的な輸送機であり、ユナイテッド航空により1947年4月27日に就航以来、174機生産された。

ついでこれをさらに大型化し、貨物型としたのがDC-6Aで、DC-6より胴体を1.5m伸ばして大型貨物扉を2箇所に設けるとともに、エンジンも100hp大きくしたため、非常にバランスのとれた優秀機となった。

DC-6Aは、1949年9月29日に初飛行し、民間型75機、軍用型167機が生産された。

このDC-6Aの高性能に目をつけたユナイテッド航空をはじめとする各航空会社は、ダグラス社にこれの純旅客型の製作を希望したが、これに応えて生まれたのが、のちにレシプロ輸送機として最優秀機といわれたDC-6Bである。

DC-6Bは1951年2月10日に初飛行し、4月11日に就航した。

本機は、可逆ピッチ・プロペラ、レーダーなどをはじめて装備した近代的な輸送機で、287機も量産された。

■マクダネル・ダグラスDC-7

戦後のレシプロ輸送機はダグラス社とロッキード社のはげしい競争によって発展してきたが、ロ社のスーパーコニーに対抗すべく、大型無着陸横断飛行をねらって製作されたのがDC-7である。

DC-7は、前作DC-6Bの胴体を伸ばし、エンジンをR-3350に換装したもので、1953年11月29日にアメリカン航空により就航し、120機が生産された。

DC-7Bは、-7を長距離国際線用としたもので、フラップを改修し、燃料タンクも増設されて、1954年4月25日に初飛行し、同年5月23日にパンアメリカン航空により就航し、97機が生産された。

しかし、じれら-7、-7Bは、DC-4以来の主翼に大出力のエンジンをつけたため騒音や振動がひどく、経済性もあまりよくなかったため、これらを解決すべく製作されたのがDC-7Cである。

-7Cは、3mの中央翼を設け、その外側に従来の-7Bの主翼を取り付けたため、翼面積が16%も増すとともに燃料容量も増え、エンジンも外側に移動して騒音も減り、優秀な長距離機となった。

しかし、エンジンに問題があり、生産は171機にとどまった。

【データ】
■DC-6
全幅35.8m、全長32.2m、全高8.6m、翼面積136屐⊆重28,500kg、総重量48,500kg、燃料容量20,900L、最大速度310kt、巡航速度270kt、実用上昇限度7,200m、海面上昇率380m/min、航続距離3,300nm、離陸滑走路長1,500m、着陸滑走路長690m、乗員・乗客3/54〜102、原型初飛行1946.2.15

■DC-7
全幅38.8m、全長34.5m、全高9.7m、翼面積152屐⊆重35,200kg、総重量64,800kg、燃料容量29,600L、最大速度350kt、巡航速度290kt、実用上昇限度7,600m、海面上昇率536m/min、航続距離4,900nm、離陸滑走路長1,950m、着陸滑走路長1,680m、乗員・乗客5/52〜99、原型初飛行1953.5.18








2014.11.06 Thursday 11:25
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YS-11
F-27の後に全日空の主力となった機体です。

当初の機体には自動操縦装置がなかったため、その装置「オートパイロット」をセットする改修を多く手がけました。

1962(昭和37)年8月30日、戦後最初の国産旅客機YS-11の1号機が名古屋空港で初飛行した。

YS-11はその開発生産を管理する組織として(株)日本航空機製造が官民の共同出資により設立、航空機メーカー各社が力を合わせて完成したローカル線用の双発ターボプロップ旅客機です。

空白からスタートした日本の航空機工業の成長ぶりを示すものであった。

東京オリンピック(昭和39年)の聖火輸送の成功でデビューを飾りました。

全日空では、民間航空会社として最初に、この国産旅客機の購入を決め、昭和40年から定期路線に就航させました。

YS-11の特色としたのは、外国の同級機をいくらか上回る60席のキャパシティを持ちながら、1200m滑走路での運航能力を確保したことで、日本航空を除く国内航空会社のすべてから発注を受けたほか、海上保安庁、空自、海自などに採用され海外はアメリカ(20機)、ブラジル(24機)、フィリピン(4機)、ペルー(4機)、アルゼンチン(4機)、カナダ(2機)からも受注した。

しかし採算ラインに乗せられるだけの受注が得られず、製造の段階で1機当たり1億円の赤字を出すに至り、総計182機で製造中止になってしまいました。

その後航空機のジェット化と一度に多くの乗客を運べる機体へとシフトしていったため、中古機として海外へ次々と転売された。(平成7年に最後の民間機が退役した)

平成25年11月現在空自が13機、海自が1機を運用中です。

ちなみにエンジンはロールスロイス製でした。

また、中南米では”SANURAI”などの愛称で人気を呼んでしました。

【データ】
全幅32.00m、全長26.30m、全高8.98m、翼面積94.8屐運用自重15,396kg、巡航速度255kt、失速速度75kt、海面上昇率375m/min、航続距離185nm、離陸滑走路長1,110m、着陸滑走路長1,100m、乗員/乗客3〜4/60名















2014.10.08 Wednesday 09:09
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